腰椎グループの研究


グループの研究テーマ
腰痛
 腰痛特に椎間板性腰痛について研究中である。椎間板の神経線維の分布、椎間板性腰痛の伝達経路や、椎間板を支配する神経が、いかなる疼痛伝達物質やサイトカインを発現しているかを検討した。臨床では、椎間板性疼痛を主体に、腰痛患者さんの画像解析を行っている。また、手術時に採取した標本に対し、各種神経のマーカーや、TNF, COX等のサイトカインの発現を検討中である。
末梢神経由来の疼痛
 末梢神経由来の疼痛機序の解析と再生につき研究している。末梢神経障害疼痛時に、後根神経節や脊髄においてのグリア細胞の動向と、それらが発現するサイトカインについて検討中である。最近は末梢神経障害時の疼痛に対し、Adeno-virusをもちいて、神経栄養因子や内因性モルヒネを後根神経節や脊髄に長期発現させ、副作用のない序痛を目指している。
体外衝撃波による除痛
 テニス肘や足底腱膜炎に体外衝撃波が有効であり、アメリカではFDAの認可を受けている。この基礎的研究をスポーツグループと共に進めている。
MRIによるニューロイメージング
 近年、MRI装置の目覚ましい進歩により、解剖学的情報だけでなく、組織の機能情報の取得が可能となった。MRIにより非侵襲的に神経機能情報を可視化する技術を確立し、慢性疼痛メカニズムの解明、脊椎脊髄・末梢神経疾患の診断・治療の向上を図ることを目指している。
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概要
 麻酔科領域の神経性疼痛は動物モデルが存在し、ここ10年で飛躍的に発展した。しかし、関節痛、腰痛などの整形外科領域の痛みの研究は十分には行われていない。この章では、関節痛と腰痛の疼痛機序に関して述べたい。膝関節、手関節、腰椎椎間板はある神経栄養因子(Nerve growth factor:NGF)により栄養される神経細胞により特異的な支配を受けている。これらは、病的状態ではNGFに反応し、病的軸索を発芽させ、疼痛を惹起していると考えられている。また、これらの部位は、いくつもの後根神経節に支配されており、その多高位の支配が疼痛認識の分解能を曖昧にしている。これらのことをふまえると、今後整形外科疾患由来の痛みを治療するにあたり、そのターゲットはNGFや神経発芽の抑制であり、また複雑な疼痛伝達経路の解明であろう。様々な手法を用いてこれらを解明し、可能性のある治療方針を以下に記す。

はじめに
 疼痛に関する基礎研究が盛んになったのは、BennettとXieらが1988年にラット坐骨神経を結紮することで、ヒトで見られるような疼痛反応が引き起こされることを報告してからである。それ以降、疼痛に関する生理学的、解剖学的研究が発展した。最近では分子生物学的手法を用い、様々な疼痛因子、受容体がクローニングされた。これらの研究は、神経傷害後の痛み、いわゆる神経因性疼痛といわれるものである。
  整形外科領域において外傷後の疼痛過敏、急性期の神経根傷害などはこれらの範疇に該当するが、最も多くの愁訴である、関節痛、腰痛、肩こりなどはこれらの範疇に入らない。整形外科領域の疼痛に関する基礎的研究が進まなかった理由は、動物モデルが作成しにくいこと、整形外科医師が日常このような患者を診ながらも、研究の方向性が、骨、軟骨、神経の再正医療であったことが挙げられる。本章では、関節痛、腰痛に関する最近の知見と、神経因性疼痛との違いについて述べたい。

腰痛・関節痛の発症機序

 椎間板が腰痛の発生源となるか否かは永遠のテーマであるが、椎間板の変性が腰痛の原因となりうることは確かなようである。ヒト病的椎間板では、炎症性サイトカインが発現し、それらのサイトカインが椎間板周囲にしか存在しない自由神経終末を内層に侵入させているという。これが慢性椎間板性腰痛の一因と考えられている。
  椎体終板軟骨はMRIのT1強調画像で高輝度を呈するModic Type 2、低輝度を呈する Modic Type 1に分類され、Modic Type 1は椎体間不安定性と腰痛と相関することが多施設から報告されている。この異常椎体終板軟骨にも様々な炎症性サイトカインが発現し、感覚神経が入り込み、疼痛を惹起していることが報告された 。

 関節痛の発症機序に関しては肩関節、膝関節、手関節、股関節等様々な報告がある。しかしながら疼痛関連すべての研究の中では、その報告は非常に少ない。疼痛性関節内の、滑膜や軟骨下骨には同じように、P物質、カルシトニン関連遺伝子ペプチド(CGRP)などの疼痛伝達ペプチドの発現8)、TNF αや、インターロイキン、cyclooxygenase(COX)-1,2などのサイトカインが発現し、自由神経終末を感作し、更に、自由神経終末を関節軟骨内に侵入させていることが報告された。


腰痛・関節痛の神経因性疼痛との違い
 痛みは末梢から脊髄を経て、脳で感知されるわけだが、一次感覚神経は二種類に大別される。位置感覚や、触覚などを伝達するAα、Aβ線維と、主に痛みを伝達するAδ、C線維である。最近の研究では痛みを伝達するAδ、C線維はその栄養因子から更に二種類に分類される。神経栄養因子(Nerve growth factor:NGF)により栄養される神経細胞はCGRPなどを含み、グリア由来の栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor :GDNF)により栄養される神経細胞はisolectin B4 (IB4)でラベルされこれらは互いにオバーラップしない。

 ラット皮膚などはこれら両者が均等に分布している。面白いことに、ラット腰椎椎間板、手関節、膝関節、股関節などは、圧倒的にNGFにより栄養される神経細胞つまりCGRP陽性線維が多いことが報告された。 このような所見はヒト椎間板でも同様であることも報告された。

 CGRP陽性細胞とIB4でラベルされる細胞の性質的な差は何であろうか。
 IB4でラベルされる細胞群が脊髄でシナプスを介する二次ニューロンを選択的にノックアウトすると神経因性疼痛が抑制できるという。また、CGRP陽性細胞が脊髄でシナプスを介する二次ニューロンを選択的に神経毒にて破壊すると、炎症性疼痛が抑制できると報告された。これだけではこの二群の細胞群の性質すべてを説明することはできないが、これらの報告を踏まえると、関節痛や腰痛は、そこに存在する神経終末が軟骨損傷などによって損傷を受けている痛みよりむしろ、滑膜炎や何らかのmicro inflammationが疼痛伝達の主体である可能性が考えられる。

疼痛伝達がどこまで分かっているのか
 ここでは、最も痛みの機所の解明が進んでいる椎間板性腰痛に関して述べたい。
  椎間板が変性すると椎間板髄核、線維輪細胞より様々なサイトカイン・神経栄養因子が出されることが報告された。主なサイトカインはTNFα、インターロイキン群、COX1、2等で、神経栄養因子はNGFである。それらが椎間板周囲にしか存在しない自由神経終末を活性化させ内層に侵入させている。これらの現象は慢性腰痛患者より摘出した椎間板培養細胞を用いた実験系でも示された。
  前述したように、椎間板に終末する神経はほとんどがNGFにより栄養されるCGRP陽性線維である。これら活性化された神経線維はその神経細胞体内の疼痛伝達因子をダイナミックに変化させる。これらの神経細胞はCGRP以外にも様々な因子を含んでおり疼痛伝達の機序を複雑にしている。
  今まで分かっている他の疼痛伝達物質は、P物質、カプサイシン受容体のVR1、ATP受容体P2X3、脳由来神経栄養因子(BDNF)、NGF受容体(TrkA, p75)などがあり、椎間板性腰痛に対するターゲットとなっている。
  椎間板からの疼痛伝達は一次感覚神経によって、後根神経節から脊髄後角の第1,2層に疼痛に終末する。しかし、椎間板に炎症を惹起するとその神経終末が脊髄本来終末しない、第3, 4層に神経発芽することが報告された。このことは椎間板由来の痛みが病的状態では、通常では位置感覚や触覚に関与する脊髄第3, 4層に影響を与え、疼痛回路の悪循環を惹起している可能性がある。

 一方で、椎間板から脊髄への疼痛伝達経路であるが、傍脊椎交感神経幹を切除すると、L5/6椎間板の神経線維が消失こと、L5/6椎間板に神経トレーサーを注入すると、L1からL5、特にL2後根神経節の細胞が標識されることが報告され、椎間板が当該高位の後根神経節以外の特にL2後根神経節に支配されていることが考えられている。

神経根病変の機能診断
 外傷後頚腕症候群、腕神経叢損傷、腰椎椎間孔部病変など脊髄から分岐した末梢神経・神経根病変は従来のMRIで診断が困難であり、新しい画像診断法が望まれている。われわれは水分子の移動(拡散)を強調し画像化する拡散強調MRIを応用し、神経根を描出する手法を確立し、神経根損傷の機能診断を試みている。
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MRI拡散強調画像を用いた神経の描出
A:健常者の腰椎神経根 B:右L5神経根障害:神経根(矢印)が腫脹している。

多血小板血漿(platelet-rich plasma:PRP)による骨癒合促進効果及び末梢神経損傷再生促進効果
 PRPは自己の血液を遠心分離により濃縮したものであり、多種の成長因子を含むことで骨癒合効果促進作用を持つ.歯科領域や形成外科領域では広く普及しているが脊椎手術での応用例はなく,我々のグループでは脊椎固定術にPRPを応用することで骨癒合促進を向上させ臨床成績の向上を目指す臨床試験を行っている.PRP末梢神経損傷の再生への応用についても臨床への応用を念頭に基礎研究を進めている。

将来展望 -臨床応用へ-
基礎的研究を臨床応用することが最重要課題である。@関節や椎間板内に侵入する神経を破壊する方法。Aサイトカインを抑制する方法。B強力な鎮痛物質の長期発現C疼痛伝達路の遮断することであろう。以下に現在我々が進めている臨床応用されている、また、応用に近い除痛方法を記載する。
@ 体外衝撃波:神経線維を破壊する方法
 泌尿器科領域で結石破砕に使用されている体外衝撃波は現在、Dornier Epos、EMS社から発売されているが、ヨーロッパ、アメリカを中心に整形外科領域(テニス肘、足底腱膜炎)に使用されている。残念ながら日本ではまだ正式な認可は下りていない。最近の研究でこの体外衝撃波の除痛機序が、侵入する自由神経終末を破壊することによって得られることが判明した。また超音波と同様、体外衝撃波を用いることで椎間板、軟骨細胞、神経細胞に遺伝子導入できることが示された。これらの方法を用いることによって変形性膝関節症や腰痛症への新たな治療法の可能性が見出されている。
A NFκBデコイ:サイトカインを抑制する方法
 様々なサイトカインや神経ペプチドは一つだけ抑制しても、その治療効果には限界がある。これらサイトカインやペプチドの上流に存在する転写因子NFκBの働きを抑制するNFκBデコイが臨床応用されている(AnGes MG, Inc Osaka)。気管支喘息、潰瘍性大腸炎に対してである。痛みの領域でも、椎間板、関節軟骨、神経細胞に導入が試みられその導入効率は非常に高いことが示された。坐骨神経より注入されたNFκBデコイは後根神経節に取り込まれ、その結果ラット炎症性疼痛モデルの痛みを抑制できることが報告された。今後炎症性疼痛疾患への局所注入、神経障害性疼痛に対する神経内注入によって除痛効果が期待できる。
B モルヒネ様物質の遺伝子導入
 一般の消炎鎮痛剤は慢性腰痛に対する効果は少ないとされる。現時点で慢性腰痛に対し効果のある薬剤は、局所麻酔薬やモルヒネである。モルヒネに対する受容体は脳以外に、椎間板、馬尾神経、後根神経節、硬膜に豊富に存在することが知られている。しかしながら、臨床上使用されるモルヒネは強力な鎮痛力を持つが、副作用が多く、その使用は癌性疼痛などに限られている。一方、生体の脳内モルヒネは全く副作用がないが、その代謝が早いため臨床応用はされていない。それらを踏まえ、椎間板細胞や後根神経節や硬膜などの脊椎組織に脳内モルヒネの遺伝子導入を行うことを試みている。その結果として、安全で副作用のない生体モルヒネを長期間発現させ、難治性の慢性腰痛に対する新しい治療法を確立中である。
C L2神経根ブロック
 ラット腰椎椎間板は主にL2後根神経節細胞に支配されている事実を基に椎間板性腰痛の患者に対し、1995年はL2ルートブロック単独の効果、2000年:L2ルートブロック v.s. L4またはL5ルートブロックの効果を比較検討した結果有意にL2神経根ブロックが有効であった。椎間板以外の関節などの疼痛伝達路を解明することが望ましい。

整形外科疼痛研究の将来
 痛みの研究は麻酔科ペインクリニックと基礎研究を中心に行われてきた。しかしながら国民愁訴のうち腰痛、肩こり、膝関節痛などのcommon diseaseは上位3位にランクされ、今後は我々整形外科医がイニシアティブをとって研究していかなければいけない分野であろう。アメリカ議会では、総人口の9%が慢性痛に罹患し、その経済損失は9兆円という背景の下、2001年に「痛み制圧の10年」を掲げた。日本では痛み研究は十分な研究投資としての認知度は低い。それを打開すべく、平成16年より全国の大学の協力で整形外科医師による「整形外科痛みを語る会」が発足した。今後、大学間を越えた研究に発展していくものと考えている。本内容は我々が研究している内容のごく一部でありますが、今後整形外科疾患痛みに興味ある若手先生また、臨床に携わる先生方にお役に立てればと考えております。
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