昨年3月に千葉大学を定年退職し、鹿島労災病院の初代病院長を長くお勤めになった恩師坂巻皓先生との生前からのお約束を守って、4月1日から鹿島労災病院長に赴任しました。坂巻先生からは来てくれと言われていましたが、労働者健康福祉機構の誰からもお願いされずに赴任しました。従って給料も処遇も全く聞かされないままでした。
さらに労災病院の事務の体質は「民に知らすべからず」そのものでした。私の赴任前は全国の労災病院で2番目の整理候補病院であったようでしたが、それも知らされていないままでした。元々、労災病院が名誉教授を病院長に迎える理由はただ一つ、大学から医師を連れてきてくれるからです。私もご他聞にもれず整形外科を6名から10名にして着任しました。そして、この1年、途中胃癌の手術を受けた為に1ヵ月半休みましたが、その外の時は10名の整形外科スタッフとはもちろん、全職員で懸命に働き、近所でも評判の病院に立て直しました。そういう中でCT、MRI, リニアックなどの設備投資をした為、最終的な収支は7300万円の赤字でしたが、これらは今後の診療に大変役立つであろうと信じています。結果として、今は取り敢えず整理対象とはなっていないようです。
どういう訳か知りませんが、全国の労災病院の本部というところは全てにおいて絶対の権限を持っており、不足で困っている医師と看護師以外は現場がいくら必要性を説明してもなかなか増員を認めてくれません。我々の多大な努力によって10月から脳外科診療が再開できるようになったため画像診断が増えることを予想して、放射線技師の1名増員希望を出していましたが、先日、仮採用でOK, ただし来年3月までの売り上げが良くなかったら取り消すと言う返事が来ました。
このように全てにおいて「稼げ!稼げ!」と言ってきます。国策として医療費削減を唱えているのにその外郭団体である労災病院が稼いだら「天に唾するようなもの」になるのではないかと思っています。現場は患者さんに最善の医療をしているので、後は国策で収支を考えてくれる事を期待しています。
名誉教授の常として、出身教室の動向は大変気になります。後任の高橋教授ももう1年以上の経験を積み、今までも何かと手を貸さなければと思ってやってきましたが、独り立ちにはまだまだ時間がかかりそうです。私は退任後、教室行事をスケジュールの最優先にしていましたが、高橋教授は何かにつけて未熟であり、今後も「教授とはこうあるべし」という事を指導していくつもりです。特に教室員・同門会員・関係各位に対する配慮、人脈や学会関係などでは指導しなければならない事が、まだ多々あるように思っています。うるさいと思われるかも知れませんが、まだまだ口を出すつもりです。そのうちに高橋教授が自分で立案し、実行して行き、教室・同門を発展させていってくれると信じています。その時には私は身を引きます。
さらに非常に多くの学会の名誉会員にさせてもらっていますが、こちらも大分お役御免になりつつあるものの、体力的にはビール大ジョッキを一気には飲めない以外は完全に回復しましたし、どうしても出席しなければと自分で思っている学会には時間の許す限り出席するつもりです。
その他に編集委員や企画委員なども、まだいくつか引き受けており、もう現職を辞めたし、そろそろ代わりの方を、とお願いしていますが、そちらもまだ続けて下さいと言ってくださるので、辞めろと言われるまで続けるつもりです。
もう一つ、横綱審議委員は任期が10年なので、あと8年半続けます。同時に日本相撲協会のアンチドーピング委員も仰せつかっており、現在はこれらの仕事が最も面白いし、やりがいを感じています。
趣味のゴルフは術後ハンディキャップが15から19まで落ちましたが、夏の暑い時に頑張った甲斐があり、やっと16まで戻りました。先週末は新袖でフルバックからそれなりのスコアーでしたので次回は15に戻っているのではないかと期待してます。これからは脳味噌の8割をゴルフに使って頑張ってみようかなと思っています。
名誉教授、即、隠遁となるにはまだまだ時間がかかりそうです。
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