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名誉教授の独り言(188) 老人力

更新日 平成30年6月28日

 私は現在77歳ですが、まだ非常勤で2週に3回、外来を主とした医者をやっています。通勤に片道1時間40分かかりますが、それはあまり苦にならず、むしろ電車に座っているだけで時間を過ごしてくれて、大変あリがたいと思っています。
 朝、公園でのラジオ体操に行くためには朝食を5時半に取り、ゴミ拾いをしながら公園に行き、6時半からラジオ体操、その後モノレール、JRで病院に行き12時過ぎまで外来をしているとお腹が空いてしまいます。11時前後に患者さんの切れ具合を見て、5分ぐらい休憩を貰い、少しお茶を飲みながら家内手製の小さいおにぎりのお弁当を食べるようにしています。仕事内容的には何の薬を処方ているかを失念していると患者さんが教えてくれますし、自覚的には十分に応えていると思っています。
 暇つぶしにスポーツクラブに週に3~4回行っています。他にやることもないからです。元気なオジーちゃんやオバー―ちゃんが毎日沢山来ています。毎週火曜日は休館日なので安いゴルフ場に行きゴルフの後にお風呂に入ってくるという人もいます。自宅のお風呂にはカビが生えてしまい、使えない状態のようです。会員の多くは火曜日以外ほとんど毎日来館し、運動をしたり、おしゃべりをしたり、お風呂に入ったりしています。会員によっては1日に2回来る日のある人も多いようです。まだまだ十分に労働力になりそうな老人がほとんどです。
 でも、政府は少子高齢化で労働力不足を声高に言っています。スポーツクラブで元気な年寄りを多く見たりしていると、この老人たちに働いてもらうわけには行かないのかと思ってしまいます。
 定年退職した人を内館牧子女史は「終わった人」と表現していますが、私は小説「終わった人」は「まだ終わってない、これから第2の人生が始まるのだ」、と言っているように思います。私自身、65歳で千葉大学医学部教授を定年退職し、その翌日から鹿島労災病院長として第2の人生を始めました。でも、その4月1日に院長宿舎に案内していただき、光熱器具の不具合が判り、それは直ぐには治らないという事で、がっくり来て千葉に戻って来てしまいました。医学部教授現職中にはこのように世間から軽んじられたことはありませんでした。多分このような扱われ方が第2の人生に踏み出せない、長続きしない大きな理由のように思いました。私は当初鹿島労災病院で任期5年と言われていましたが、業績も回復したので4年で後任の人にお願いして千葉市に戻りました。それからは以前から依頼されていた「千葉市病院事業管理者」を3年間勤め、4年前からは常勤職を辞し、先輩の病院で一整形外科医として非常勤で勤めています。高齢になっているので、能力的にも体力的にも若い時より劣っているのは当然です。私は整形外科医でしたがもう年なので手術を自分ですることは辞めて、手術の方が適応の場合はしかるべき病院に紹介させてもらう方法で対応できています。医者以外でも若い時からやって来た仕事を生かして十分に働けるのではないかと感じています。老人になり一番辛いことはやることが無い事では無いかと思っています。問題は老人のプライドだと思います。現役の時はこんな扱いは受けなかったのに、もっと報酬も高かったのに、と思う事はしばしばあります。私はあまりプライドを持つ方ではないのかもしれません。いつの間にか「もう、年だし仕方ないか」と思うようになっていました。
 でも行政の方々にもっと老人力を有効利用してほしいと願っています。