Research

研究

解剖

更新日 2021.4.16

1. なぜ整形外科で解剖研究を行うのか

現在手術治療はより低侵襲な術式が好まれる傾向にあり、整形外科領域でもその傾向が顕著となっています。日本人工関節学会よる調査においても股関節に対する低侵襲アプローチである前方アプローチの増加傾向が報告されていますが、その習熟にはラーニングカーブが存在するとされており解剖学的知識なしには成り立ちません。筋骨格系に関連する構造的な解剖学はすでに確立している分野と思われがちですが、低侵襲手術を安全に行うために術者が知るべき解剖学的知見は多く、より安全な手術方法の確立を目的とした解剖学的研究を行っています。

2. 解剖研究の実際

(1)下行膝動脈損傷を避ける膝関節展開の安全域

TKAの低侵襲アプローチの一つであるsubvastusアプローチにおいては、近位への展開が下行膝動脈損傷を引き起こすことがある。そのため下行膝動脈の走行について解剖学的研究を行なった。下行膝動脈は11%で欠損が認められ、走行パターンの破格が認められた。術野と動脈の交差する位置は体格と相関関係があり、脛骨粗面から14cm以上近位への展開は下行膝動脈損傷のリスクとなる。

 

Kawarai Y, et al. Anatomical Features of the Descending Genicular Artery to Facilitate Surgical Exposure for the Subvastus Approach-A Cadaveric Study. J Arthroplasty. 2018;33(8):2647-2651. 

 

(2)外側大腿皮神経の解剖学的破格と走行

股関節前方アプローチ(DAA)では術後外側大腿皮神経領域の感覚異常が生じることが報告されている。外側大腿皮神経の分布パターンを評価し、DAAにおける展開での損傷リスクを検討した。外側大腿皮神経は末梢枝を前方、後方に出す分岐パターンを呈し、42%における症例で通常のDAAにおける皮切と交差する走行を認めた。

Sugano M, et al. Anatomical course of the lateral femoral cutaneous nerve with special reference to the direct anterior approach to total hip arthroplasty. Mod Rheumatol. 2020;30(4):752-757. 

 

(3)寛骨臼からみた大腿神経の走行

人工股関節置換術では術後に大腿神経麻痺の発生が報告されており、術後のADL障害につながるためその予防が重要である。手術展開操作、脚延長などの影響が考えられているが、股関節展開時におけるレトラクター挿入等による直接損傷は避けるべき合併症である。安全な股関節展開のため、寛骨臼からみた大腿神経の走行を評価した。大腿神経は股関節前方90°で最も寛骨臼に接近し、その距離は腸腰筋の厚さと相関を認めた。

Yoshino K,et al. Anatomical Implications Regarding Femoral Nerve Palsy During a Direct Anterior Approach to Total Hip Arthroplasty: A Cadaveric Study. J Bone Joint Surg Am. 2020;102(2):137-142. 

 

3. 解剖学的知見に基づいた手術方法の確立

 我々は上記の研究結果を実際の手術を計画した時点からデータとして患者さんに説明し、手術の際にはこの解剖学的知見に基づいた術式を行っています。より負担の少ない術式を希望される患者さんのニーズに応えるためにはこのような解剖学的研究が重要であると考えています。安全性が高く、患者さんと術者それぞれにとってメリットの大きい手術方法が選択できるよう更なる研究を継続して解剖学的知見の蓄積を目指しています。