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【番外編】第1回 《Musicians’ Medicine: 音楽家医学》とは -金塚 彩

更新日 2018.3.15

Performing Arts Medicine, Division of Surgery and Interventional Science, University College London
Aya Kanazuka (金塚 彩)

赤木龍一郎先生からのお誘いで、私が今取り組んでいる《Musicians’ Medicine: 音楽家医学》についてコラムを寄せさせて戴くことになりました。このサイトを訪れる皆様の多くはスポーツ医学に関心をお持ちのことと思いますが、この投稿を通じてMusicians’ Medicineを身近に感じて戴ければ嬉しいです。Sports AthletesとMusiciansの間には、実は一つの共通点があります。それは、自らのパフォーマンスを極限まで高めるプロフェッショナルであると言う点です。同時にそのパフォーマンスの内容はスポーツと音楽でかなり違うので、それが分かりづらさ、とっつきにくさにつながっているのではないかと感じています。ですから、なるべくわかりやすく伝えられるよう心がけたいと思っております。

またこの記事は、現在私がUCLで学んでいる内容に基づいて書いているため、未熟な点が多く含まれていると思います。しかしながら英国の最新の情報をぜひ皆様と共有していきたい思いから、発信することにしました。どうぞよろしく御願いいたします。

 

 1.  新しい分野、《Musician’s Medicine

Musicians’ Medicine? 初めて聞いた、という方がほとんどでしょう。非常に新しい分野なので無理もありません。Musicians’ Medicineは、スポーツ医学や産業医学の発達に伴い、1980年代頃から楽器演奏者の痛みやしびれなどの発生率を示す疫学的研究が増え、欧米を中心にPerforming Arts Medicine(パフォーミングアーツ医学)の一つとして少しずつ発展してきました。

 

 2.  研究、診療の対象となるのは?

Performing Arts Medicineという学問の対象は、大まかにわけて、

 ・Musicians (クラシック、ポップス、ジャズ、ロック等)

 ・Dancers (バレエ、コンテンポラリー、ストリート、サーカス等)

 ・Actors (ミュージカル、演劇、テレビ、映画等)

となります。その中でMusicians’ Medicineは、言うまでも無くMusicianを対象とした医学ということになります。なおミュージカル俳優はMusicianでありActorでもあります。

 

では具体的に取り上げるトピックにはどんなものがあるのでしょうか?

よくある身体的な問題としては、パフォーマンスに影響を及ぼしうる全ての痛みやしびれ、Overuse (使いすぎ)/ Misuse(不適切な使い方)症候群、動きの悪さ、外傷、声の変性、聴力障害を取り扱います。精神的なものとしては、舞台恐怖、うつ、依存症、完璧主義、ストレスコーピングなどについて研究や診療が行われています。

 

ちなみにMusiciansの内訳をさらに細かく見ていくと、主に次の四つに分けられます。

 ・Instrumentalist (鍵盤楽器、弦楽器、管楽器、打楽器等)

 ・Conductor: 指揮者

 ・Singer: 歌手

 ・Composer: 作曲家

 

ここで注目していただきたいのは、SingerとComposer以外の音楽家はみな上肢を使ってパフォーマンスを行うということです。よって上肢のけがや故障は、直接パフォーマンスに影響を与えるものであり、時に致命的となりえます。長時間の集中的な反復練習、新しいテクニックを要求するような曲を新しく演奏し始めると、腕や手首に痛みやしびれを訴えることはまれではありません。そもそも楽器の構造上、人間工学的に無理を強いる姿勢で演奏せざるを得ないものもあります。例えばバイオリンやフルート、ギターを演奏するときの姿勢は左右非対称なので、ピアノのように対称的な姿勢で演奏できる楽器よりも、身体を痛めやすいとも言われています。またキッチンや慣れない日曜大工で指をけがするとか、あるいは交通事故にあってしまうなど、偶発的な事故というのは誰にでも起こりえます。また年齢を重ねていくにつれ罹患率があがる上肢の疾患もあります。私はこれらの点に、Musicians’ Medicineにおいて上肢を診られる医師の役割があると考えています。

 

加えて忘れてはならないのは、Focal Dystoniaという、演奏しようとすると手指の不随意運動をきたしてしまう障害があることです。これは一旦症状が完成してしまうと治癒が難しいことから、懸命に研究が続けられている病気ですが、長い議論の上で現在は主に中枢神経系の障害であると考えられているようです。また管楽器奏者は口も使って演奏するので、このEmbouchure(アンブシュア)に関する研究が近年さかんになっていることも添えておきます。Singerの場合は、声質の変化や発声障害を来すさまざまな疾患が研究、診療の対象となっています。

 

では、誰がこれらの診療や研究を担っているのでしょうか?お気づきのとおり、Musicians’ Medicineと一口に言っても、実に多様な病態を取り扱う医学なのです。音楽家が悩むのは当然上肢のことだけではありません。このMusicians’ Medicineを支える、様々な専門家のMultidisciplinary Collaboration: 学際的な協力については、次回お伝えしたいと思います。

  • 1. スコットランドの伝統的な衣装を纏ったバグパイプ奏者。
  • 2. 年に一度エディンバラ城で開催される、壮大な音楽とダンスの祭典、Royal Military Tatoo。世界中から集まった軍楽隊によるバグパイプとドラムの演奏に、感動で胸を打たれる。
  • 3. Academie Nationale De Musique、パリ国立オペラ座。堂々たる佇まい。
  • 4. オペラ座(ガルニエ宮)内部の圧倒的な豪華さと優美さには、声を失う。